「思いっきり生きる」


「思いっきり生きる」



 
引退を賭けた夏の大会。
暑い暑い夏の大会だ。



汗だくになりながら声を張り上げ、
顔を真っ赤にして戦った試合はもう最終回。




スコアは7対8だ。
僕のチームは1点差で負けている。




2アウト満塁。打順は僕で、カウントは2-3だ。 
もう後戻りできない。次の1球で勝負が決まる。



この大会、3年生にとって最後の大会だ。
両チームとも引退を賭けている。




3年間一生懸命走りこんで、
何千回とバットを振って、
何百時間と練習した全ての思いが
次の1球にかかっている。




だけど、正直言って怖かった。
心のどこかで失敗することを恐れていた。




僕は内心、どうしてこんな打席が僕に
回ってきたのか。と運命を呪った。




相手のピッチャーも
引退がかかっている。
顔からは闘志がみなぎっている。




僕はヒットを打つ自信がなかった。




自信の無さを覆い隠すように、
僕はバッターボックスをはずし、
素振りをする。




しかし、なぜか力が入らない。




ファーボールで出塁した親友の金澤が
一塁から声を張り上げている。
あんな大きな声を出している金澤は初めてだ。
ベンチからは監督と仲間達が声を張り上げて
応援してくれている。バットを力なく振りながら
仲間達の声を聞く。




暑い。夏はとても暑い。みんな汗だくで、
顔を真っ赤にして応援している。




だけど・・だけど・・・なぜか遠く感じる。
僕はなぜかこの状況を現実と感じることができない。




そろそろ最後の1球が投げられる。
僕は恐る恐るバッタボックスに入りなおす。




ピッチャーが覚悟を決め目に力を入れた。
そして、大きく大きく振りかぶり、
思いっきりの良い球を投げてきた。




明らかにストライクゾーンだ。
球はアウトコース寄りで真ん中よりも少し高め。
ものすごい気迫のこもった球だ。
僕はバットを振ろうと思った。
しかし、しかし、力が入らない。




怖いのだ。怖くてしょうがない。
力を入れて我を忘れて三振してしまうことが。




あてるだけなら何とかできる。
三振だけはしたくないと
どこかでかっこつけている僕がいる。




そのまま僕は力のない
バッティングをしてしまった。




どうにかこうにか球は当たったようだ。
球はファースト寄りにゴロゴロと力なく転がっている。




我に返った僕は、一目散にファーストめがけて
走った。走った。走った。
ファーストまでの距離は15mと少し。
僕には途方も無い距離にみえる。




とにかく僕は走った。無我夢中だ。
だんだんと一塁べースが近づいてくる。
まだ球はファーストに届いていない。



「行けるかもしれない」
僕はかすかにそう思った。



そして僕はヘッドスライディングした。
手を思いっきり地面にこすりつけ、ゼロコンマ一秒でも
早くベースにタッチしたかった。



夏の乾いたグランドに砂埃が舞った。




ベースにタッチする瞬間。
ピッチャーからの返球がファーストミットに
吸い込まれるのが見えた。
タイミングは微妙だった。




僕は砂だらけの顔を上げて、審判の顔を見た。
審判もまた汗だくで、この試合が両者の引退を賭けた
判定であることは重々承知している顔だった。





そして審判は、顔をくしゃくしゃにしながら、
「アウト!」っと僕の目を見ながら告げた。
僕は時間が止まった感覚を覚えた。




僕はしばらく立ち上がることができなかった。
現実感が無い。「嘘だろ?」と言う気持ちしかない。
負けたことを認識できない。そんな心境だった。




どれぐらいの時間が経ったか解らないけど、
僕はうずくまりながら我に返った。
遠いところで相手チームが喚起の声を挙げているのがわかる。
僕のチームが敗れたのは明白だった。




僕は真っ黒な顔をしながら立ち上がろうとした。
手を見ると皮が裂けて血が滴り落ちていた。




僕は立ち上がり、うつむき加減で辺りを見回した。
ベンチではいつもは怒ってばかりの監督は顔が顔をくしゃくしゃにしていた。
ニ塁からは親友の金澤が肩を落として歩いているのが見えた。





僕は自分に負けたのだった。
そしてチームにも迷惑をかけてしまったのだった。




思いっきりバットを振って
三振したほうがどんなにかましか。
僕は自分を強く嫌悪した。







***

もう10年以上前の話です。


私はこの試合からその後の生き方を変える、
大きな教訓を得ました。会社を起業したことも、
この体験が大きく関わっています。



その教訓は、後悔の無いよう、思いっきり生きるということです。
失敗することを恐れ、リスクを恐れ、中途半端な
行動を取ると後悔しか残りません。




もちろん、リスクを回避するために、
安全を追うことも大事な時期はあります。
もしかしたら人生の大半が
そういった時期なのかもしれません。



しかし、長い人生、誰しもが、
ここしかない、これしかない
と言う対象と出会うことがあると思います。
仕事であれ、勉強であれ、恋愛であれ。



もしそういった場面に遭遇したのなら、
後悔の無いように思いっきり生きた方が良いのです。




失敗は確かに怖いです。
ですが一番怖いことは、
失敗などではなく、
後悔を残すことなのです。



三振したって良いのです。
成功するか、失敗するかは二の次なのです。
思いっきり生きることが大事なのです。



かっこつける必要などどこにもありません。
ボロボロな姿でもいいのです。
「思いっきり生きる」それ自体が目的なのですから。











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