「無銭旅行」



「無銭旅行」




友人との会話で、無銭旅行の話が出たので、振り返ってみたいと思います。
3年前の夏になりますが、私は親友のヨシタカと北田君とある条件を元に
旅行に出かけました。



・食料無し
・お金無し
・移動手段は自転車(ママチャリ)のみ
・持ち物は、テントと着替え、なべのみ



日数は4泊5日でした。なぜ4泊5日なのかと言うと、猛暑の中、
動き回り、かつ食料を確保できなくても餓死しないギリギリの
日数と言うことでそう決めました。



出発は東京の国分寺市です。初日は朝の5時に出発しました。
2時間ぐらいはハイテンション!早朝は道路も空いているので
ロードレース状態で楽しいものです。しかし、朝の8時ぐらいに
なってくると気温が30度を超えだします。さっきまでのテンションが
嘘のように下がっていきます。




それでも暑いのは野球部で慣れていたこともあってか、
ほとんど休まず、自転車をこぎ続けました。
多分気温は35度ぐらいはあったと思います。
アスファルトが暑すぎて、視界がゆがんでいましたので。




昼の14時ぐらいには
茅ヶ崎についていたと思います。





しかし、茅ヶ崎についた頃にはもう完全グロッキー。
汗でビショビショ。声も出ません。おなかもペコペコです。
しかし、食べるものが無いので、公園で水を飲んで渇きを癒します。




疲れきっていて、動けないので、
蚊に指されても叩く元気すらありませんでした。
ただ、初日が茅ヶ崎で終わるわけにはいきません。




茅ヶ崎で、2時間ぐらい休んで、日も落ちかけた頃、
私たちは再び自転車をこいで、とりあえずは、
小田原と茅ヶ崎の中間地点にあたると思われる、
小さな砂浜にたどり着きました。




食い物がないので、とりあえずは食料を集めなくては
なりません。結局フジツボのようなものを収穫し、食べました。
これはなかなかいけます!見た目は悪いのですが、アサリのような味なのです。
あとは海藻を少しかじりました。





ほんの少しですが、おなかを膨らまし、つかれきっていた私たちは
就寝しようと海辺にテントを張る作業に入りました。
しかし、実際創ってみるとこのテント!どう見ても、2人用です。
身長180センチ、80キロのヨシタカ身長170センチ、推定95キロの巨漢北田君
そして当時174センチ、68キロの私が素直に納まるはずもありません。





2人用のテントに、むさくるしい男たちが一緒に寝るわけです。
さらに熱帯夜です。おそらく一生のうちで、男の柔肌に触れながら
寝たのはこのときが初めてでした。この2人の男はいびきがうるさい!
私のようなスースーとした上品な(?!)いびきではなく、まるで鯨のようでした。




そして、砂浜は一見、ふかふかに見えますが、寝てみると以外と堅い!
まったく安眠できません。寝返りをうとうにも、寝返りをうったら、
北田君かヨシタカに抱きつくような感じになってしまうのでうてません。
それはおそらく一生のトラウマになりうるので、気が抜けません。





もはや外で寝ようかと思うのですが、外は外で、蚊の嵐です。
しょうがないので、テントの中で浅い眠りにつきました。





そんなこんなで初日を過ごし、早朝再びわれわれは動き出しました。
2日目の終わり辺りに熱海までいきました。熱海までの道は国道を通って行ったので、
自動車が5センチぐらいのところを追い越していきます。何度か引かれそうになりました。




この辺でヨシタカが完全にギブアップし、本当にぶっ倒れそうになったので、
さすがに・・・と言うことで引き返すことにしました。
ただ、この引き返すにもかなりもめました。私と北田君はもっと行こうぜ!派だったのですが、
ヨシタカはどんなにつついてもピクリとも動きません。
論理が波状した感情論のみの議論をした記憶がうっすら残っています。





この日は喧嘩の嵐です。
第一ラウンドは私VSヨシタカ
第二ラウンドはヨシタカVS北田
飢えと渇きから小競り合いが続きました。






ただ、食料難も3日目となると、慣れてくるもので、
飯を食べなくても平気になってくるのです。
これは不思議ですが、おなかも減らなくなります。
きついのは2日目辺りで、3日目あたりはどうってことが
なくなってきます。





また、早朝は地元の猟師の方が行っている
地引網のあとは商品にならない、正体不明のお魚ちゃん
達が結構落ちていたので、これは助かりました。
あとは打ち上げられた海藻もなんとか食べれます。
相変わらず食料の基本はフジツボちゃんでしたが。





3日目辺りになると、小田原の辺りまで引き返し、
小田原城下に行ったりしました。
お城にはお金がかかるので入れませんでしたが。




っでここで奇跡が起こったのです。



私、ヨシタカ、北田君がボロボロになりながら、
八百屋の前で「うまそうだな〜」っとバナナを眺めていると、
八百屋のおばちゃんが持っていきな!
っとバナナをくれたのです。
このときほどうれしかったことはありません。
私たちはむさぼるようにバナナを食べました。
ありがとうおばちゃん。






4日目は帰宅です。ただ、やはり体力の限界だったので、
多摩川についたあたりで安心感からか、
3人とも大の字で倒れて、2時間ぐらい動けませんでした。
蚊に刺されようが知ったこっちゃあありませんでした。





もうホント最高に面白い旅でした。
また、行きたいです。








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