「生き方を定める」


「生き方を定める」




 私の対人恐怖の傾向は、高校時代ぐらいから
いっそう強くなっていました。
孤独に悩む時間が増えれば増えるほど、
人間はどうして生きているのかと
毎日のように考えるようになりました。




 ある時期には、
「人間が生きていることに意味はない」と言う
虚しい答えを出した時期もあります。
生きていることに意味が無いわけですから、
何をしても無意味に感じ、極めて不毛な日々を送りました。




 またある時期には
「よくよく考えると、なぜ人間は意味も無いのに生きているのか」
と考え直し、再び深い悩みに取り込まれていきます。
意味も無いのに生きているとは、矛盾しています。
人間は生きている以上、やはり何か意味があるはずなのだと
考え直します。



 
 大学に入学してからもその悩みは解決しませんでした。
なぜ生きているのかが解らないから、何をやってもふわふわする。
生の実感を得ることのできない時間が過ぎていきました。
勉強にも相変わらず身が入りませんでした。





 しかし、あるとき、私は私なりの答えを得ました。
これは自分自身、確信を持った回答でした。
この回答を得るまで5年間ぐらいはかかっていたと思います。




 それを得たとき、世界がどのように動いていて、
人がどうして子供を生むのか、会社と言うものが存在するのか
と言うところが、だいぶすっきりと見えてきました。
そうして、自分が生きる理由も見えてきたので、
それからは勉強に打ち込むことができたのです。




 思うに、人間は自分なりの価値観が明確に定まると
非常に活動的になると感じます。いわゆる「芯が定まる」
というのでしょうか。自分の使命感や目標、生き方が、
明確になり、どんなことがあったても揺らがない生き方を決めると、
思考にブレが少なくなる。




 生き方を定めるには、本気で悩まなくてはなりませんし、
大概つらい作業が待っています。しかし、そうして
悩んで得られた生き方、すなわちアイデンティティ
人生を実りあるものにしてくれると考えています。










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