「コミュニケーションと自然」



「コミュニケーションと自然」




 会社は法人である。「自然人」でないが「人」である。
「法人」には寿命が決まっていない。決まってはいないが、寿命はある。
「法人」は「どこで」生きているのだろうか。
言うまでもなく「社会」である。さらに言えば
「社会」は「自然」の上に存在している。



自然とは土であり、水であり、緑であり、
たくさんの生物が織成すものである。
社会とは人間の創造物であるが、
その土台はあくまでも自然である。



 会社は社会の中にあり、
社会は自然の中にある。



 会社は自然と共生しなくてはならない。
この本筋と会社の方向性がズレたとしたら、
栄養が行き渡らず寿命を迎える。
私はこの会社の創業者である。
確かに今は株式を保有しているが、
将来的には、コミュニケーションに共鳴してくれる
誰かに譲渡することになる。



 できれば理解ある生徒さん、
企業様、従業員、講師の方に託したいと考えている。
短期的なマネーゲームのために会社の株を
譲渡できるようにするつもりはない。
理念なき株主は理念なき経営陣を選出し、
理念なき経営陣は会社を破壊する。
株主にも高度な哲学が必要である。



 ダイコミュは創業者の私物ではない。
公共のものである。私は管理人に過ぎない。
私の使命は、短期的な利潤の追求や
イタズラな拡大思考に陥るのではなく、
長期的な会社のビジョンを作り出し、
1万年続く会社の基礎を創ることである。



 私の人生などダイコミュの一生に比べれば
一瞬に過ぎない。私には特筆すべき才能などない。
できることは限られている。
平凡な才能と限られた時間の中で
できることは会社の基礎作りである。



 繰り返しになるが、会社は自然と共生しなくてはならない。
自然と共生できない会社は長くは続かない。
精々100年持つかどうか。1000年は続かない。
まして1万年続くことはない。




 人間は自然の中で生きさせてもらっているのだから、
自然の中に生きる人間としての分別をわきまえ、
「自然の中の生物」としてのコミュニケーションを追求する必要がある。




 「対人コミュニケーション」は物質を媒介としない。
パン、時計、車、パソコンのように付加価値が
物質を通して目に見えるものではない。 
付加価値は形を成さず、個々人の中に内包される。
ダイコミュは物質を媒介とせず、人間の心の中、
人間の相互作用の中に付加価値を創る会社である。



  何が言いたいのか。物質を必要としないと言うことは
「自然」であるということだ。多くの生物は
物質を持たずに「自然」をそのまま享受し生きている。
虫はほとんど何も持たずに生きている、
魚も何も持たない、哺乳類も物を持たない。
自然にある素材をただそのままのものとして
受け入れ、そのまま生きている。
 



 ダイコミュはある意味で人間を自然に回帰させ、
物質を必要とせずに幸福を得る社会を目指すことになる。
その意味で私はダイコミュが人間の本筋に合致した会社だと認識している。





 人間は確かに物から離れて生きていくことはできない。
その意味で極めて脆弱である。人間は極めて大きな固体である。
この大きな固体を支えるには実に膨大なエネルギーを必要とする。
現代社会における危うい均衡の中で、かかる固体はどうにかその体裁を保てている。
しかしかなり危うい。それは砂上の楼閣である。




 何も持たずに生きていける虫や動物の方がよほど完成された生物である。
人間はねずみやハエやゴキブリに比してなんとも危うい
ところで生きている。私たちは、ハエやゴキブリをみると蔑んだ目で見るが
生物としての完成度は彼らの方が遥かに高い。




 人間はその弱さ上に言語を使うようになった。
言語を使うことで、世界をディコーディングできるようになった。
さらに言語情報を紙や電子媒体に残せるようになり、
情報を蓄積できるようになった。
それにより世界を切り取って行った。
言語とは捉えどころの無い世界を切り取る作業である。



 
 言語は非常に便利だが、また都合のよい道具でもある。
使い方を誤ると、世界を歪めた方向へと
導いていく。世の中のほとんどの事象は
相対的である。しかし言語は偏りを持っている。
偏りを持った言語はあるものに都合の良いように使われ、
都合の良い物質を創り、それまですでに完成されていた
自然を切り取り、物質を作り出して行った。



 人間は元々完成されていた世界を
言語を使うことによって、加工し、
一部分では確かに幸せになることができたが、
問題を抱えるようにもなった。



 コミュニケーションは元々非言語だけで
充分であった。言語を操るのは人間だけである。
しかし、今更言語を忘れて非言語だけで
生きていくことなどできない。
だから人間は言語の危険性を充分認識しながら、
社会を再構築していかなくてはらない。
その方向性は自然との共生である。
自然の中に生きる人間である。
この本筋を絶えず意識しておかなければならない。







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