「人はそれほど自分を見ていない」

「人はそれほど自分を見ていない」




ジェレミーベンサムはパノティプコン
と言う囚人の監視システムを創りました。
パノティプコンの構造としてはます、中央に監視塔があります。
さらに、その監視塔からは看守からは囚人を見渡すことができますが、
囚人からは看守が見えない構造になっています。



囚人からすれば、いつ見られているのか、
誰が見ているのかは分からないため、
中央の監視塔はとても禍々しいものに見えます。
そのため囚人は規律をしっかりと守ります。
しかしながらその中身は、濃密なものではなく、
実はかなり少ない監視しか行われていないのです。



対人コミュニケーションにおいて、
パノティプコンはある気づきを与えてくれます。
例えば、公的自己意識(他人からどう見られているか)
が強い人は対人不安を覚えやすいという
統計があります。これはパノティプコンの構造ととてもよく似ています。
公的自己意識の高い人は他人の目線を現実必要以上に拡大解釈し、
それにより苦しめられているのです。



さらに、対人コミュニケーションを離れて考えると、
「将来」に対してもパノティプコンのような構造が
見て取れるかもしれません。
例えば10年後の将来に対しては、
誰でも不安を覚えるでしょう。
自分からは将来はなかなか見えないですから。



しかし、10年前の自分を振返ったときに
漠然とした不安に駆られる方は少ないと思います(PTSDなどは除きますが)。
なぜならそれはもう終わったことであり、
苦しい思い出でも、それ以上でも、それ以下でもないからです。
漠然とした禍々しさは「将来」の方が遥かに強いのです。




パノティプコンにおける中央監視塔は
自分をわけのわからないものが見ているようで
なんだか不安を覚えます。
確かにその監視塔から覗かれている事は
あるかもしれませんが、空虚な部分も多い。
これは対人コミュニケーションに通じる部分が
多々あるのです。



人の目を意識することは、ある程度は必要なことですが、
過剰にならないように気をつけたいものです。






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