『「言語型」「非言語型」「同居型」「開発型」とコミュニケーション』


『「言語型」「非言語型」「同居型」「開発型」とコミュニケーション』




1コミュニケーションスタイル



学術的な分類ではありませんが、私は人間のコミュニケーションスタイルを
「言語型」「非言語型」「同居型」「開発型」に分けています。




「言語型」の人とは、論理性が強く、理路整然と
考えを相手に伝えることができる人です。
学者、教職、IT系、執筆家、研究職、男性に多いタイプです。
講師川島は言語型だと解釈しています。




言語型の方は、プレゼンテーション、討論、
会議での発言、書類の作成等については
力を発揮します。しかし、非言語が重視される
人間関係は苦手な方が多いです。
例えば私自身は、学生時代、ゼミで
議論するのは好きでしたが、
その後、飲み会等で感情を露に騒ぐことは苦手でした。




「非言語型」の人とは、表情、身振り手振り、
声の抑揚を中心として情報を伝えて行くタイプの人です。
非言語型は感情のやり取りが重視される人間関係において
力を発揮します。共感性が高く、感情がとても豊かです。
営業、接客業、販売職、幼稚園の先生、
どちらかと言えば女性に多いタイプです。




「非言語型」の方は、人と接する仕事や、飲み会、恋愛、
でその力を存分に発揮します。
しかしながら、論理的に話すのが苦手で、
自分の考えを言葉でうまく伝えることができない傾向にあります。




「同居型」とはどちらの能力も
バランスよく兼ねそろえた人です。
どんな環境においても、柔軟に対応していきます。
「完全なる同居型」の方は、なかなか珍しいタイプだと言えます。
年間300人以上が受講する私の講座でも
同居型の方は5〜10人程度しかいません。



大概の方が、「言語型」に偏っていたり、
「非言語型」に偏っていると言えます。




「開発型」
開発型とは、言語、非言語どちらも発展途上で、
対人コミュニケーション全般が苦手なタイプです。
対人恐怖症などで、言葉も感情も表現できない
状態にあたります。なぜ開発なのかと言うと、
これから能力を伸ばしていこうという意味で、
この名前をつけています。



2あらゆる環境で輝くことはできない


人間には、所属する環境において得て不得手があります。
例えば私であれば、会議で発言したり、言葉で説明する
ことは得意ですが、素直に感情を表現したり
することは苦手です。



何が言いたいのかと言うと、コミュニケーションに関しては
それぞれ得意なあり、全ての環境において、
自分が輝くことはなかなか難しいということです。



例えば、会議は得意でも、飲み会が苦手な方。
逆に飲み会は得意でも、会社の会議が苦手である方。
接客や飲み会は得意だけど、議論になるとゲンナリする方。
それぞれが得意分野と不得意分野があるのが普通なのです。




3環境はコミュニケーションのスタイルを変える





また、人間は例えば不得意分野であっても、
環境が変わればそれに適応しようとするため、
コミュニケーションスタイルを変化させていきます。
この辺が人間の強いところです。




例えば、かなりおとなしい方でも、
接客のお仕事を長年やっていれば
当初よりも人付き合いはうまくなっていきます。
言葉を使って人に説明するのが苦手な方でも、
長年教職などをやっていれば論理性は高まっていきます。






4絶望的な挫折感に支配される必要は無い


重要なことは、全ての環境に適応できる人など
稀だという事実を元に、自分の生きている環境に即した
コミュニケーションスタイルを確立していくことです。


そして、ある意味で、その環境に適応していたとしたら、
たまに違う環境に行ったときに、その環境でうまく
行かなかったとしても、少々の挫折感ならまだしも、
絶望的な挫折を感じる必要はないのです。



私自身はコミュニケーション能力のプロとして
同居型を目指さなくてはならないのですが、
残念ながら、まだ環境には適応しきれていません。
もう少し非言語部分に関する能力を強化する必要があります。
非言語力が重要な恋愛においてもなかなか
うまくいきません(笑



ですが、当初よりもずいぶんましになりましたし、
今後もおそらく同居型に近づいて行くでしょう。





環境は自分のコミュニケーションスタイルに
大きな影響を及ぼします。
あなたは今の環境に適応していますか?






*注意

人間はスキーマを持っています。スキーマとは「思考の棚」とも言うのですが、
人間は何か得たいの知れない物は分類したり、名前をつけて、
安心しようとするのです。例えば、空に得体の知れない円盤が飛んでいたら、
人間は「UFO」と名前をつけて一定の安心を得ようとします。



占いや性格判断もこれらの欲求の発露にあたります。
血液型診断も人間の分類癖を満たすために存在していると言われています。
(ちなみに血液型診断は統計学的には全く立証されていません)



しかしながら、1つの基準をもって、鬼の首を取ったように分類し、
満足する姿勢は、その人に対して極めて失礼です。
酒の肴程度ならまだしも。




私はあくまで「1つの手がかり」として、
このように分類していますが
それが全てだとは到底考えていません。
その点だけは注意が必要です。
人間は極めて複雑な生き物なのですから。









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